以下の講座は終了しました。


「障害」者に対する理解のための啓発活動

「心のバリア」をなくすための啓発活動に積極的に取り組んでいます。

 

☆人権・同和センターでの講演

 

あたりまえに生きる~松田愼二さんの思い~

 

 ぼくが養護学校へ行っていた頃の話です。朝,学校へのバスを母と二人で待っていると,近くの小学校に通う子と出会うのです。その子どもたちは,ぼくの前を通っていく時,ぼくのまねをして歩いていくのです。そんなことがあると,母は怒って,子どもたちに止めてもらうよう,小学校へ抗議をしにいっていました。でも,子どもたちのまねは,なくなりませんでした。 

 ある日,母はその小学校の子どもたちに自分から話しかけていました。「あなたたちは何年生?」「どんな勉強をしているの?」最初は注意するつもりだったのでしょうが,何度も話しているうちに,母と子どもたちには共通の話題ができていました。いつしか,お互いのことを知り合う関係になっていたのです。お互いの心のなかにある壁を取り払い,自然にかかわることから,人と人は理解し合えていくのだと,母の体験を見て感じました。 

 こんなこともありました。近所の友だちと「だるまさんが転んだ」をやっていました。ぼくの首や手は,じっとしていようと思っても動いてしまうのです。まずいことに,おにが振り向いた時に一番大きく動いてしまうのです。だから,最後はいつも,ぼくがおにになるのでした。みんなはおもしろくありません。すると,ある子が「ルールを変えよう!」と提案しました。腰から下が動いたらダメ,というルールに変えたのです。友だちは,ぼくのことを知っているからこそ工夫して遊ぶことができたと思うのです。プラモや将棋,折り紙で遊ぶ時は,自然にぼくの足もとに置いてくれます。ぼくにとって足が手の代わりであることをわかっていたのです。 

 おとなになってから,福祉マップを作ったことがあります。その時には,ボランティアを募集し,たくさんの人が参加してくれました。その最初のミーティングでした。全員そろったところで全体を見回して驚きました。ぼくが座る部屋の右側に障害者の人たち。部屋の左側に障害のない人たち。誰が決めたわけでもないのに,座る場所が見事に分かれていたのです。 

 ぼくはこの時,心のバリアというものを強く感じたのです。社会ではバリアフリーが進み,街の段差が減ってきても,私たちの心の中には,まだまだ大きなバリアがあると思ったのです。心のバリアを取り去らない以上,誰もが本当に暮らしやすい世の中をつくっていくことはできないと思うのです。 

 みなさんの周りを一度見渡してみてください。街の中で障害者を見ると,おやっと感じたことはありませんか? 障害者が珍しい存在ということはありませんか? みなさんと同じように,ぼくも同じ場所で,同じことをしたいと思っていることがたくさんあります。でも,ここから向こうは障害者,こちらは自分たちと,お互いに分けられていることに慣れてしまっているところがありませんか。ぼくは,そこに「心のバリア」があることを感じます。 

 いつも人前では「ぼくを見慣れてください。」と話すことから始めています。学校でも社会でも,分けることから始めるのではなく,一緒から始めることを常にぼくは考えています。